情報の取捨選択と真実の検証

インターネットが普及し、個人が手軽に情報を発信できるようになったその一方で、受信した情報に対してはどれほどの人が検証しているだろうか。

あなたはどのようにインターネットと接しているだろうか。インターネットを使えば、自分の好きな時に情報を得ることができる。しかし、インターネットが普及し、個人が手軽に情報を発信できるようになったその一方で、受信した情報に対してはどれほどの人が検証しているだろうか。恐らくはそのまま真実として受け入れる人が大半ではないだろうか。

情報の取捨選択とはよく言われるが、実際にどうすればよいのか、的をいた回答を得るのは難しい。でも恐がることはない。基本は何も変わってはいない。情報があふれるようになったのは、何も最近の事ではない。こここからはテレビで流れるニュースを例としてあげる。私はテレビで流れるニュースが偽りであると言いたい訳ではないので、誤解しないでいただきたい。

普段ニュースを見る人は多いだろう。そしてニュース情報をそのまま取り込む人も多いだろう。例えば最近の日本では中国や韓国が日本の領土を占拠しているというニュースが多い。しかし、ニュースの真実性について考える事を忘れてはならない。

日本のメディアがニュースを作る主な目的は収益をあげる事である。そのためにはいかに視聴者や読者の興味を引くかが重要である。世界中で様々なニュースがあるなかで、メディアは視聴者や読者が見たいと思うようなニュースを優先しているのだ。

メディアは大衆の意見を誘導する可能性が極めて高い。その理由は視聴者の教養や、視聴者が持つニュースへの事前知識を問わずに、誰でもニュースを見る事ができるからである。これはメリットでもありデメリットでもある。

そのニュースは真実であろうか?それを判断するのは視聴者自身なのだが、多くの視聴者は判断を行わずに真実として受け入れている。そもそも、判断するというステップが存在しない。詳しくは「無知の知を知ろう」に書いたのでぜひ読んでみてほしい。

判断するという事は検証するということである。そのニュースが真実かどうか検証するのである。一番確実なのは自分でやってみたり、自分がその場に行ってみたりすることであるが、あまり現実的ではない。我々は地球が丸いことを検証せずに真実にしてしまっているが、そのことに気づいて欲しい。次に確実なのは経験に頼る事だ。「前にもこんな事がなかっただろうか?」「自分ならどうするだろうか?」このように考えるだけでもニュースの見方がだいぶ変わってくる。

経験を増やすのに有効な手段は外国へ旅行することだ。自分の国では当たり前であることが外国では当たり前ではなくなるのだ。これまでは真実であったことが、実際にはそうでもなさそうだということを経験できるのだ。行き先としておすすめするのは日本である。日本は他のどの国と比較しても独特だ。丁寧すぎる接客、1分も狂ってはいけない鉄道システム、大人がハローキティを使っても許される点など、あなたの常識を根本から変えてくれる。そんな日本は地図の端っこにあり、外国と土地が繋がっておらず、独特の言語体系を持つ。国土も資源もほとんどないにも関わらず、世界でも第三位の経済規模を誇る国である。ここまで変わった国を私は他に知らない。逆にあなたが日本人であれば、どの国へ行こうともあなたの常識は変わるだろう。

経験の有無に関係なく使える方法もある。それはニュースの作成者について検証することである。その人は誰か。経歴、バックグラウンドは?その人はそのニュースに関してどれ程経験があるのだろうか?

ニュースの根拠や理由について確認するのも大切な事である。やってみるとわかるが、根拠は明示されていないことがほとんどだ。

忘れてはいけないのは、根拠は足し算できることである。複数の根拠があれば、そのニュースは真実である可能性が高いと見ていいだろう。また、ニュース自体が根拠としてカウントされる性質がある。すなわち、複数の人が同じ事を言っている場合、それは真実である可能性が高まるのだ。

場合によっては根拠は証拠とも呼ばれる。証拠とは事実を証明するための根拠なのである。例えば刑事裁判において、明確な手掛かりがなくても、複数の証拠があれば、その犯罪は真実であると認定されるのだ。

まずはニュースをニュースであると割り切ろう。ニュースはメディアの発言であり、それ以上でもそれ以下でもないと認識するのだ。

ニュースが想定しているターゲット(読者層や視聴者)と、プライオリティ(何を最も重視するか)を想定してみよう。夕方のニュース番組であれば主婦や学生がターゲットである。真実性、話題性や即時性などがほどよいバランスになっていると思われる。スポーツ紙や芸能週刊誌であればターゲットはそれほど教養のない中高年男性だろう(汚い服装で酒を飲みながら徘徊する中高年男性は大抵これらの紙面を一緒に持ち歩いている事が多いように見える。)プライオリティは真実性よりも話題性や即時性だろう。我々はスポーツ紙や芸能週刊誌に真実性を求めてはいけない。大切なのはターゲットとプライオリティが異なる情報が世の中にごちゃまぜで存在することを知ることである。

私は中国や韓国の活動家が日本の領土へ侵入したり占拠したりしている件について思うことがある。活動家の行動をニュースにするするのは構わないと思う。しかしそれがあたかも中国や韓国の世論の全てであるような印象を与えているとも思う。私は中国政府や韓国政府が活動家の言動を認知し後援していると思う。そうでなければ政府は活動家を制止する、制止するフリをする、「遺憾に思う」などと意思表示する、などの行動をとらなければならない。(でもそうしてしまうと次回の選挙で彼らは国民から支援されるかどうかはわからない) 私は中国政府や韓国政府の対応を快く思ってはいない。特に中国政府が事実をなかったことにして押し切ろうとする外交手段には品や礼節がないと思う。(この背景には文化がある。中国では夫婦喧嘩をした場合、どちらも謝ることはない。そして次の日には何もなかったことにするそうだ。メンツが何よりも大切な中国において、お互いのメンツを立てるために編み出された文化であろう。この話は真実かどうか私は検証していない。中国語の語学の本や中国の工場で管理職をするノウハウ本など、複数の本に似た事が書かれているので、私は真実だと思っている。)日本のニュースでは、中国政府や韓国政府だけでなく、全ての中国人や韓国人が後援しているように見えてしまう。そしてニュースをニュースであると割り切ることができない一般人の思い込みを作るのだ。

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